大判例

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札幌高等裁判所 昭和39年(ネ)207号 判決

控訴人

朝日工業株式会社

右代表取締役

大川弘臣

右訴訟代理人

畑中広勝

被控訴人

右代表者法務大臣

赤間文三

右指定代理人

斎藤祐三

外一名

被控訴人補助参加人

佐久間左太郎

主文

原判決中、次項掲記の控訴人の請求を棄却した部分を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し、金六二万円およびこれに対する昭和三五年六月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の控訴を棄却する。

控訴人と被控訴人間に生じた訴訟費用および参加費用は、第一、二審を通じていずれもこれを三分し、前者についてはその二を控訴人、その一を被控訴人の負担、後者についてはその二を控訴人、その一を補助参加人の負担とする。

事   実≪省略≫

理由

一、札幌地方裁判所小樽支部執行吏佐久間左太郎および同代理近藤勇吉が訴外杉中武男から委任を受けて、札幌法務局所属公証人室谷慶一作成昭和三一年第三二七一号公正証書の執行力ある正本にもとづき、債権者杉中武男の債務者横田建設株式会社に対する売掛代金債権一〇〇万円の執行として、昭和三一年一二月二五日小樽市朝里新光町北海道営試作住宅区内にある控訴人の新築工事現場で第一目録の木材を横田建設の所有物件として差押えた事実、同執行吏および執行吏代理が訴外涌沢良吉から委任を受けて、右公証人作成昭和三一年第三五一九号公正証書の執行力ある正本にもとづき、債権者涌沢良吉の債務者横田建設に対する労務賃金債権六九万八二一〇円の執行として、昭和三二年四月七日右同所において第一目録の木材に対し照査手続をするとともに第二目録の木材を横田建設の所有物件として追加差押をした事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、第一、第二目録の木材が右差押の当時控訴人の所有物件であつたことについての当裁判所の判断は、原判決の理由(一)(原判決一四枚目裏五行から一六枚目裏七行まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。

三、控訴人が上記杉中武男の第一目録の木材に対する差押について、昭和三二年一月七日札幌地方裁判所小樽支部において強制執行停止決定(同裁判所昭和三二年(モ)第一号)を得たこと、佐久間執行吏および近藤同代理は、右強制執行停止決定の後である同年三月二八日から同年四月二日までの間四日に亘り、第一目録の木材全部を差押場所である小樽市朝里新光町から同市勝納町二一番地畑野木材店土場に保管替したこと、その後同執行吏は右杉中の代理人から提出された同年五月一三日付保管替申立書と同年七月四日付保管替完了に関する上申書とを執行事件記録に纒綴し、第一目録の木材が小樽市色内町五丁目四番地北海道酒類販売株式会社に移動されたとの届出のままとし、その間に右木材は紛失したこと、はいずれも当事者間に争いがない。

四、控訴人は、佐久間執行吏が強制執行停止決定後第一目録の木材の保管替をなしたことは違法である、と主張するので判断する。

<証拠>によると、佐久間執行吏は、上記のとおり小樽市朝里新光町北海道営試作住宅新築工事現場において第一目録の木材を差押えた際、債権者杉中武男の承諾を得て右差押物件を債務者横田建設の保管に任せたが、その後昭和三二年三月一九日付で債権者の代理人である佳山弁護士から、右木材の所在場所は無人で盗難のおそれがあることを理由に保管替の申立がなされたので現場に臨検し、上記のとおり畑野木材店土場へ右木材を移転するとともに、新たに訴外斎藤五次を保管人としてこれに保管を任せ、その旨の保管替調書を作成したことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

強制執行停止決定は、いうまでもなく既になされた差押の効力を排除するものではなく、爾後の換価および配当手続の進行を停止するにとどまるものである。しかして、右認定の事実によると、佐久間執行吏は、当初民事訴訟法第五六六条第二項によつて債務者の保管に任せた第一目録の木材を、差押物件保存の方法として同法第五七一条により債務者から引き上げ、その保管場所を変更するとともに、第三者である訴外斎藤五次の保管に移したに過ぎず、換価、配当のための執行手続をしたわけではないから、何ら前記強制執行停止決定に牴触するものではない。したがつてこの点に関する控訴人の主張は理由がない。

五、控訴人は、第一目録の木材が紛失したのは、佐久間執行吏および近藤同代理が善良なる管理者の注意をもつて保存すべき職務上の義務を怠つた過失によるものである、と主張するので判断する。

<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

(一)  佐久間執行吏は昭和三二年五月一三日頃、前記差押債権者杉中の代理人である佳山弁護士(現実には同弁護士事務所の事務員津山金信)から、第一目録の木材の保管場所である畑野木材店より原木置場の不足を理由に右木材を早急に搬出するよう要求されているので北海道酒類販売株式会社の倉庫へ再度保管替をしてほしい旨の申立があり、同日付差押物件保管替申立書が提出されたので、これを了承したものの直ちに保管替の手続をすることなく放置していたところ、右杉中およびその義兄の奥勇喜らは、同年六月一一日同執行吏の立会を待たず勝手に右木材を畑野木材店土場から北酒販倉庫の中庭へ移動した。次で、同年七月四日同執行吏に対し、前記津山から佳山弁護士の名義をもつて、昭和三二年六月一一日差押物件を北酒販の倉庫へ保管替したことを届出る旨の内容の上申書を提出したが、同執行吏もしくは近藤同代理から右上申書の名義人を現実の保管責任者である斎藤五次とするよう指示されて津山がそのように訂正した。斎藤は大工で当時他処へ出稼ぎに行つて所在不明であつたため同人の捺印を得ることはできなかつたが、右上申書および前記保管替申立はいずれも同執行吏によつて受理されて執行記録に纒綴された(なお同執行吏役場において執行事件記録に編綴すべき関係者提出文書に必ず受付印を押捺するような慣例はない)。

(二)  佐久間執行吏および近藤同代理は、第一目録の木材を畑野木材店土場へ保管替した後、昭和三二年四月七日に訴外涌沢の申立による照査差押手続を行つたときその数量を確認したほかは、上記のとおり再度保管替の申立および保管替完了の届出を受けたにも拘らず、保管場所に臨んで実地に右木材の保管状況を取り調べたことのないのはもちろん、保管責任者である斎藤五次もしくは差押債権者杉中の代理人佳山弁護士から右木材が北酒販の倉庫へ移動された事情を聴取したり、移転先である北酒販の倉庫について調査したことはまつたくなく、昭和三三年一〇月九日に至つて控訴人から点検の申立を受けて北酒販の倉庫へ赴き、はじめて右木材が紛失した事実を発見した。

(三)  第一目録の木材は、昭和三二年六月一一日に北酒販の倉庫へ搬入されてから暫くの間同所中庭に山積みされていたが、その後何者かにより何回にも亘つて搬出され、北酒販の職員の中には右搬出の状況を目撃した者もあつたけれども、執行吏から正式に保管を任されたわけではなく、単に材木置場を提供したに過ぎないと考えていたところからこれを差止めることもしないでいるうち、約半年後には全部紛失してしまつた。そして右紛失の経過は、前記奥勇喜が搬出に関係しているとの噂があつたが、佐久間執行吏あるいは同執行吏の告発を受けた捜査当局の調査によつても遂に明らかにならず、その現在の占有者および所在場所はまつたく不明である。

執行吏は、差押物件を競落人に引渡し、または執行解除の場合には執行債務者に返還しなければならないのであつて、それまでは差押債権者または差押債務者はもとより利害関係ある第三者(差押物件の真の所有者を含む)に損害を与えることのないよう善良なる管理者の注意をもつて差押物件の保管をなすべき義務を負うものである。しかして、差押有体動産を第三者に保管させた場合における執行吏の右職務上の注意義務の具体的内容には、差押債権者、差押債務者または利害関係人の申立の有無に拘らず、必要があれば当該有体動産を自ら点検する義務はもちろん、執行吏の占有機関たるその第三者をしてその有体動産が滅失毀損することなく適当な状態で保管させるよう適時適当の方法で監視注意する義務も含まれると解するのが相当である(最高裁判所昭和三四年(オ)第一三六号同三七年九月一八日第三小法廷判決参照)。

前記認定の事実によると、佐久間執行吏および近藤同代理は、差押債権者杉中代理人の申立により、第一目録の木材の保管場所提供者である畑野木材店が自家の原木置場の不足を理由にその早急な搬出を要求している事実を知りながら速かに保管替の実行に着手しなかつたばかりか、同執行吏の立会わないまま右木材が保管場所の畑野木材店土場から北酒販の倉庫へ勝手に移動されるという異常な事態が発生し、しかも保管責任者である斎藤五次の所在は不明であつたにも拘らず、右木材の保管状況の調査その他その滅失毀損を防止するための何らの措置をとらず一年余を無為に放置し、その間に右木材は北酒販の倉庫から何者かによつて搬出されて紛失したのであつて、佐久間執行吏は第一目録の木材の差押執行について用うべき職務上の注意義務に違反したものといわざるを得ず、執行吏の手数料制・当地方における執行吏の取扱事件量その他執行実務の取扱等を考慮しても右義務違反の責を免れ得ないものといわなければならない。また右木材紛失の経過が上記のとおりのものである以上、右執行吏の注意義務違背と紛失による損害の発生との間には因果関係の中断を認め得る特段の事情は存在しないというべきであるから、両者の間には相当因果関係があると認めるのを相当とする。

六、佐久間執行吏が訴外涌沢良吉の委任にもとづき第二目録の木材についてなした差押手続ならびにその後の換価(競売)手続が違法であること、および右競売代金交付手続の当、不当は控訴人に対する違法行為の成否と無関係であることについての当裁判所の判断は、左記のほかは原判決の理由(五)(原判決二二枚目表一一行から二五枚目裏九行まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴人はその職員佐藤慎治を管理者として第二目録の木材等を占有し、その旨を立札を掲げて明示していた、と主張するので判断するに、当審証人佐藤慎治、同斎藤元太郎、同源新義典(第一回)の各証言中には右控訴人主張に副う部分があるが、右は<証拠>に照らしてたやすく信用し難く、他に右控訴人主張事実を認め得る証拠はないから、控訴人の右主張は採用することができない。

七、そうすると、執行吏は被控訴人国の公権力の行使に当る公務員であるから、被控訴人は、佐久間執行吏が上記五に判示したとおりその職務を行うについての過失により控訴人に生ぜしめた損害(第一目録の材木の所有権喪失)につき賠償の責任を負うものといわなければならない。

そこで進んで右損害の額について判断するに、<証拠>を総合すると、控訴人は第一目録の木材を昭和三一年一一月頃木材販売業者である訴外土屋木材株式会社から一〇〇石当り三一万円(合計六二万円)で買受けた事実が認められ、右認定を覆すべき証拠はないから、右木材が紛失した昭和三二年当時におけるその交換価格も右控訴人の仕入原価を下らないものと推認することができる。もつとも、<証拠>によると、佐久間執行吏および近藤同代理が第一目録の木材を差押えた際、その評価価格を三〇万円と見積つた事実は認められるけれども、原審証人近藤勇吉の証言によると、右価格は専門の木材業者に正式に評価させた結果ではなく、佐久間執行吏および近藤同代理が差押現場にいた人の意見や従来の経験に照らして格別の根拠なく見積つたものに過ぎないことが認められるから、これをもつて前記認定を左右することはできない。

八、以上の次第で控訴人の本訴請求中、被控訴人に対して六二万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和三五年六月一九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当としてこれを認容すべきものでありその余の請求は失当として排斥を免れない。

よつて、原判決中、右と判断を異にし右認定の限度における控訴人の請求を棄却した部分は失当であるから民事訴訟法第三八六条によりこれを取り消して控訴人の右部分の請求を認容し、控訴人のその余の控訴は理由がないから同法第三八四条第一項によりこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第九二条、第九四条を適用して主文のとおり判決する。(杉山孝 田中恒朗 島田礼介)

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